一つ一つの生活水準を上げるたびに、出ていくお金が増える。
出ていくお金が増えると、そのお金を失うことが怖くなり、色々なことにチャレンジができなくなる。
チャレンジができなくなった人間は、「つまらない大人」への途をまっしぐらに進んでいく。
だからこそ、いつでもチャレンジできるように、必要最低限な生活コスト、「ミニマム・ライフコスト」を把握し、少しでもこの水準を下げていこう。
勝負の時はいつやってくるか分からないのだ。
「自由であり続けたい人」が捨てるべき10の古い価値観 | No Second Life
もしも、このブログ、ライフログを定期的にみてくれる人がいたとしたら、日々、いかにお金を使ってないか、というのが分かると思う。勿論、実家にパラサイトしている身で、家賃とか払ってないし、色々と恩恵がある。必要なモノが少ない。
でも、だからとて、私が、お金は使わなくとも、そこそこ、楽しんでいる・・・というのは、伝わっていると思う。例えば、私は、定期的に神社に入っている。
お賽銭は、一回神社に行くたびに「2円」と決めている。そういうのが、引用した記事の中の「生活水準」なんじゃないかな?と思った。お賽銭の額は、神様への感謝の心だから、払える額で良いと思うのだけど、100円での躊躇い、50円での躊躇い、色々あると思う。
私が、1円×2回で2円にしているのは、単純に、お金がないからなんだけど、それで、神社に行くことの楽しみ等々が損なわれているか?と言えば、そうでもないと思う。
非常にみみっちいけど、入ってくるお金が増えれば、それだけ、鈍感になる部分は、あると思った。毎日、使った金額は記録しているけど、月何円使っているのかな。多分、1万円も使っていない。。。